高水温時にも目標達成した  スーパーモズク漁師・渡名喜盛二さん(元久米島漁協組合長、沖縄県指導漁業士)

11月 7, 2019 モズク, モズクの話

高水温時にも目標達成した  スーパーモズク漁師・渡名喜盛二さん(元久米島漁協組合長、沖縄県指導漁業士)

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渡名喜盛二氏。2018年4月撮影。

 「温暖化がオキナワモズク不作の大きな原因」と説明する漁業団体や沖縄県研究所の説明を聞きく時、尊敬するスーパーモズク漁師・渡名喜盛二さんが以前、『魚まち』インタビュー「なぜ一網から200キロの水揚が可能か<下>」 (※注1) で語った説を思い起こす。

 渡名喜さんと言えば、沖縄県内におけるソデイカ漁を初めて成功させた漁師であり、久米島漁協で養殖モズク漁を定着させ、今日ような規模へと導いた漁師でもある。まさに指導漁業士の中の指導漁業士とも言える人物、科学する漁師とも言える人物である。ソデイカ漁、モズク養殖、パヤオ漁といずれの漁業でも最高水準の実績を持ち、これらの漁業をオールマイティーにこなす。ソデイカ漁、モズク養殖、パヤオ漁業はいずれも久米島漁協の基幹漁業となったばかりか、そのうち渡名喜さんがきっかけを作り始まったソデイカ漁は沖縄県全体の基幹漁業うへと発展した。いまやソデイカ漁は日本一の生産量を誇るまでになり、モズクと並び日本Ⅰの生産県となっている。 

 渡名喜さんは、 『魚まち』第28号(1999年11月30日発行)で、 天候などのデータを記したモズク養殖日誌を記録していることを明らかにしている。「モズク養殖日誌」の内容、高水温と漁獲量などについて渡名喜さんが当時話していた部分を抜粋し、目標生産量を達成できず、天候のせいにする水産業界・行政へ新たな状況打開のヒントとして、下記インタビューを提供する。

 ■  ■  ■以下『魚まち』第28号インタビュー記事抜粋 ■  ■  ■

 渡名喜 私の場合、11月から翌年6月までは現場での作業が中心となる。海へ行かないときはしょうがないが、海へ出た日には必ず水温などのデータを取る。私はコンピュータは使えないので、自分の分かるような範囲で日誌に記録している。その過去3年くらいのデータを分析する。10日間隔で水温を見ていき、去年、1昨年より2℃~3℃高いということが分かってきた。

 水温が高い状態の中で例年とまったく同じようなペースで作業を進めるとモズクはだめになる。漁期始めに水温が高いということは後半ではそれよりももっと上がる。私は、作業を前倒しし、前半でほとんどの作業を済ませた。その結果、全県的に大不作と言われた昨年、私たちのグループ3人は目標を上回る165トンのオキナワモズクの水揚げを達成した。

 —- 昨年、本張りはいつごろだったか。

 渡名喜 昨年だと4月の後半から5月にかけて本張りする。「今年は水温が高いから本張りは早目に」と指示し、4月15日ごろまでには全部本張りを済ませた。例年通り5月に張った人たちは散々な結果となった。それは本島でも久米島でも同様だった。

 昨年の沖縄のモズク生産量は大幅に落ち込んだ。大多数の人が「エルニーニョ現象の影響で水温が高く、そのてめにモズクも不作となった」とすべて天候のせいにしたが。しかし、私たちグループ3人は、そのような悪条件の中でオキナワモズクを165トン生産した。県漁連と生産調整した分の1人当たり50トンをクリアできた。私は不作の原因は絶対に気象条件だけのせいにすべきではないと考えている。環境の変化をしっかりと見極め、その変化に適切に対処した生産をすべきだと考えている。生産者のたゆまざる研究と努力が最も大事だと言いたい。

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※同誌第28号38ページから

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